心も身体もケア園生ヘルパー
以前、このコラムで学園内の介護事業について簡単に紹介しました。ホームヘルパーの資格を持つ学園生たちが園内に設置された「ヘルパーステーション・フラワーガーデン」の従業員(ヘルパー園生)になり、同じ屋根の下で暮らす体の不自由な仲間を介護している、という話でした。
公的な介護保険事業に基づいた行為なので、ヘルパー園生は介護の中身に応じた報酬、つまり給料ももらっています。ヘルパー園生の中には心に傷を負った人、家族や社会から見捨てられかけた人もいますが、そんな園生でもじゅうぶん人の役に立てること、収入を得られることを見事に証明してくれました。それぞれ大きな自信を得たことでしょう。
「ヘルパーステーションができますよ」
実はこの学園内介護事業は私の発案で始まったものではありません。10年ほど前、学園前理事長の故合田正のケアマネジャーをしてくださった女性の助言がきっかけで実現したものでした。このケアマネさんは介護支援専門員、准看護師、福祉用具専門相談員の資格を持つ介護のプロ。学園は前理事長時代から、園生の生活にかかわるいろいろな相談も持ち掛けていました。
2014年秋、ケアマネさんが学園に立ち寄られた時のことです。私がふと「園生がまた介護ヘルパーの資格を取ったの。これで何人目かしらね」と指を折りながら話すと、ケアマネさんから「理事長さん。そんなにヘルパーの資格者がいるなら、もうここにヘルパーステーションができちゃいますよ。ステーションができたら園生にお給料も支払えますね」と返ってきたのです。
ケアマネさんは介護保険制度に則った介護サービスの話をされていたのですが、私には珍ぷんかんぷんでした。私は園生の中の希望者を土浦駅近くにある専門学校に送り、介護資格取得の勉強をさせていました。「園生に正しい介護の知識を持たせよう。仲間のおむつを代えるのにも役立つだろうし」と考えたからです。
でも介護保険制度の仕組みにはまったく疎かったのです。だからケアマネさんの言葉を聞いて、「ステーション? お給料? 介護を受けた園生が、介護した園生に謝礼を払うってこと?」と、まったく的外れなリアクションをしてしまいました。
ケアマネの話をごく大まかにまとめると、次のような内容でした。まず学園内の障害者を介護の対象にした介護サービス会社を設立し、認可を受けたうえで学園の事務室にヘルパーステーションをつくる。ヘルパー園生がその会社の従業員となり、ヘルパーステーションから派遣される形で、要介護認定を受けた園生仲間を介護する。会社が介護の実施内容を行政に報告すると介護報酬というお金が降りてくるので、それをヘルパー園生への給料にあてる――という感じです。
「今まで以上にサポートします」
一番の問題は「介護サービス会社の代表、つまり責任者を誰にやってもらうか」でした。誰でもいいというわけでなく、資格も経験も必要なのです。でも幸いこの年の暮れ、学園の支援者の一人が資格を取り、会社設立と代表就任を快諾してくれました。その支援者は自分の親の介護や介護施設で働いた経験が豊富だったのですが、なにより人間性がいい方でした。
私はもちろん、ケアマネさんも「よかった。これで介護事業が始められます。園生がしっかりした介護の知識をもとに仲間を支え、しかもお金がもらえるなんて、すばらしいじゃないですか。私も今まで以上に皆さんをサポートします」と、わがことのように喜んでくださいました。
介護保険が適用されるのは生命維持にかかわるお手伝いです。一つの例が口腔ケアです。ケアマネさんも介護事業開始にあたり、「園生の皆さん。毎日、朝昼晩3回は歯磨きをしましょう。ヘルパー園生もしっかりお手伝いしてくださいね」と熱心に指導してくださいました。口内を清潔に保ったおかげで、学園では誤嚥性肺炎がなくなりました。
認知症が進み、表情が暗かった高齢の園生が親身の介護で笑顔と健康を取り戻した例もあります。これにはケアマネさんもびっくり。「園生の介護は心のケアでもあるのですね」と感心していました。誤嚥性肺炎ゼロも認知症改善も寝食共にする学園ならでの快挙だと胸を張って言えます。
ヘルパー園生には介護のお給料が入るようになったわけですが、そのお金はヘルパー園生が自分の意思で自由に使えます。仲間にお菓子を買ってあげる心優しい園生もいます。毎月の健康保険料を払うのに窮していた園生がお給料をもらうようになって、「これからは自分で払います」と私に言ってきました。とてもうれしかったです。
専門学校も協力 脱落者ゼロ
園生が通った土浦の専門学校も協力的でした。授業内容をよく理解できない園生もいれば、ホームヘルパーの資格試験に何度も落ちた園生もいました。講師の方には大変な苦労をおかけしたと思いますが、どんな園生でも見捨てることなく、特別に補講もして合格へと導いてくださいました。
先に資格を取った先輩園生が後輩園生に授業や試験の要点を教えたりもしました。全員が自ら志願しての通学だったとはいえ、今まで11人の園生がホームヘルパーの資格を取りました。「勉強が嫌になった」と脱落した園生は一人もいません。これも私の自慢です。
ケアマネさんは「いろんな園生がここで一緒に暮らし、困ったときに支えあっている。認知症の園生と周りの園生の間に壁もない。若い園生は年老いた園生に優しい。みんなが笑顔で支えあっている。素晴らしいことです」とほめてくれます。私にも園生にも励みになる言葉です。
ケアマネさんには「ヘルパーをしていない人も庭木の手入れなどをきちんとやっている。ヘルパーでなくても、就労支援をすれば、だれもが何かの仕事を獲得できるんじゃないかしら」とも言われました。本当にそうなってほしい。できればそうしたい。それこそ学園が目指す「園生の自立」実現への大きな一歩だからです。
ケアマネさんは学園を支えてくれている大切な地域住民のお一人。幸い、そういう人は他にもいます。次回のコラムでは、学園の近所の方で、運営母体のNPO法人理事にも名を連ねてもらっている女性を紹介します。