「学園を応援したい」地元の人が理事に

心道学園は茨城・霞が浦に近い高台にあります。周りはほぼ農地か雑木林。緑に囲まれた場所です。そんな恵まれた環境の中で園生は静かに暮らしています。たまに近くの農家から「人出が足らなくて困っている。助けてくれないか」とジャガイモ掘りの手伝いを頼まれ、男性の園生たちが応援に駆け付けます。お礼に軽トラックいっぱいのジャガイモをいただくときもあります。青空の下で人のために汗を流すことは園生の心身の健康にもいいので、一石二鳥です。コロナ前は地元のお祭りにも招かれました。学園が地域に溶け込んでいるからこその交流です。

地域住民の中には、学園を運営するNPO法人の理事になってくださった人もいます。学園から車で10分弱のところに暮らしている農家の大井仁美さん(仮名)です。理事就任は5年ほど前ですが、学園とのお付き合いはかれこれ20年になります。20年前といえば、たまに園生の脱走騒ぎもあって学園の評判がよくなかったころ。大井さんも遠くから警戒の目で私たちを見ていたそうです。それがちょっとしたきっかけで考えが変わったというのです。ここから先は大井さん本人に語ってもらいます。

「ぜひ野菜を買いたい」

理事の大井仁美です。夫婦で米やナスなどの野菜を作っています。そのナスが学園と私の縁ももたらしてくれました。ある日、宅配便のドライバーさんにうちで採れたナスをプレゼントしたときのこと。喜んだドライバーさんがふと「少し分けて、心道学園さんに持っていってあげようかな」とつぶやいたのです。

私はまだ心道学園にうさん臭さを抱いていたので、内心、「よりによって心道学園にあげなくても」と引っ掛ったのですが、「もうナスはあなたのものだから、お好きにどうぞ」と答えました。数日後、そのドライバーが来て、「あのナス、心道学園さんにとても喜ばれましたよ。『ぜひ大井さんから野菜を買いたい』と希望しています」と言われました。ありがたい話でしたので、あいさつ代わりに出荷規格外の野菜をただで差し上げました。

そうやってしばらく野菜を学園に届けていたら、「うちで整膚をしています。よかったら一度試してみませんか」と声を掛けられました。整膚とは全身の肌をつまんだりして刺激を与え、血行を良くして健康増進につなげる施術のことです。本で読んで知っていたし、興味もありました。学園は資格を持つ講師を招き、その指導の下で園生も施術にあたっていると聞きました。でもまだ学園の中に入っていくのは気が引けたので断りました。

「園生はみんな礼儀正しい」

それでも再三誘われたので、重い腰を上げ、夫婦で出かけてみました。行ってみると、意外にも園生はみんな朗らかで礼儀正しく私たちを迎えてくれました。整膚に最初にはまったのは夫のほうでした。「健康でいられるのは整膚のおかげだ」と感謝し始めたのです。たしかに私も体調が良くて、二人して毎週通うようになりました。近所の知り合いも誘いました。

整膚をしてくれる園生とは「最近はどんなテレビを見てるの?」なんて、たわいもない会話を交わしました。私がスマホの使い方が分からなかったときは「大井さん、こうするんですよ」と親切に教えてくれました。園生と一緒に整膚について学び、私も資格も取りました。

整膚以外にもカラオケを歌ったり、私が得意な手品を園生の前で披露したりもしました。パン作りもしました。いつしか友だち同士のようなお付き合いになりました。園生もうちの田んぼや畑に来て、稲刈りやナスの収穫を手伝ってくれました。タケノコ狩りもしました。園生は園の外に出るのが楽しかったのです。こちらも大助かりでした。

「学園のおかげで人生が豊かに」

ある日、理事長から「学園の理事になってもらえませんか」と頼まれました。「理事になってもいいかな」と思いました。お付き合いが始まったころの小さなエピソードが脳裏によみがえったからです。

いつものように園生にナスを取りに来てもらったときでした。ナスの漬物を出してあげたら、園生の一人が「この漬物、とってもおいしい」と喜び、その場にいなかった園生仲間の名前を挙げ、「〇〇ちゃんにも食べさせてあげたいなあ」と口にしたのです。私は「この子たちはなんて心根の優しい、思いやりの持ち主なのだろう」と感激し、「もっと学園を応援しよう」という気持ちになりました。この誓いに従って理事就任を決心したのです。

人間はいい環境を与えられれば、生まれ変われます。学園と園生が証明しています。園生は毎朝6時、きちんと園内を掃除しています。特に冬は寒くて大変です。「適当にやっておけばいいのに」とも思いますが、どの園生もきっぱり「ここにお世話になっているので、ちゃんときれいにしたい」。驚きでした。

学園との交流を深めていく私を近所の人はいぶかしく見ていたでしょう。脱走騒ぎの記憶がまだ残っていましたし。今だって「学園は地域になじんでいる」とは言えないと思います。でも私は「学園のおかげで人生が豊かになった」と実感しています。園生だって一歩一歩人生を取り戻しています。だから、辛い人生を送る人がもっと学園に来て、自立の道を見つけてほしい、学園と地域との結びつきがもっと深まってほしいと願っています。